このアホはどうやって生まれたのか。その波乱万丈な半生に迫る!~食物アレルギーで学校で死にかけた編~

このアホはどうやって生まれたのか。その波乱万丈な半生に迫る!~食物アレルギーで学校で死にかけた編~

こんばんは!

知能低い系ブロガーななんちゃです(⌒▽⌒)!

昨日言っていた通り今までの人生を振り返って行こうと思います!

今日は食物アレルギーで学校で死にかけた編をお送りします!

ちなみに昨日の記事はこちら↓

このアホはどうやって生まれたのか。その波乱万丈な半生に迫る!

 

食物アレルギーってなに?

今となってはよく聞く言葉ですが

私の幼少期の頃は田舎に住んでいたせいか

保育園や学校の先生に食物アレルギーなんです。

って言っても「?」「何を言ってるんだ?」って感じでした。

改めて、食物アレルギーとは何かというと

食物アレルギー(しょくもつアレルギー)は、原因食物を摂取した後に免疫学的機序を介して起こる生体にとって不利益な症状(皮膚、粘膜、消化器、呼吸器、アナフィラキシー反応など)である。食品によっては、アナフィラキシーショックを発症して命にかかわることもある。Wikipediaより

という食べ物で死んでしまうかもしれない病気です。

 

私も重度なアレルギー持ちで、生まれた頃は、ひえ、あわ、きび、野菜と魚以外何も口に出来ない身体でした。

アトピーもひどかったです。

それでも両親の食事療法のお陰で小学校に入る頃にはお肌はつるつるでした!

(本当に感謝ですよね・・・大変なのに私にここまでしてくれて)

 

添加物も一切摂取してなかったし、

家でも両親がアレルギー物質を含むものを食べるときは食器類は

全く別々でまな板や包丁やお箸など一切触れないようにしていました。

かなり気を使わないといけないので両親は大変だったと思います。

 

私が通っていた保育園や小学校は給食だったので私はお弁当です。

(給食だと添加物は入っているし、食器は皆が共有しているものなので

アレルギー物質が混入している可能性があるので。)

 

私だけがアレルギーがあるのでお弁当にします。

ということを学校が理解してくれるのにも

かなり時間がかかったし最初は、分かってもらえませんでした。

 

アナフィラキシーショックを起こした

小学校4年生の頃、負荷テストと言って

アレルギー物質を最初は口の上に置いてみる

→反応なければ口に含んでみる→それでも反応なければ噛んでみる

→最後に飲み込む→様子見る→反応無ければOK!!

というテストを病院で主治医付き添いのもとやってたんですが

唇腫れるし、気持ち悪くなるし、かゆくなるしで

「もう、こんな事になるなら食べられなくて良い!!!!」

と主治医と両親に訴え、永遠に食べられない道を選びました。(ほんと知能低い)

この頃にはアレルギー物質はそば、牛乳、卵、ピーナッツ、キウイ、アーモンドにまで減っていました。

(それでも市販の物はほとんど食べられませんが…。)

 

じゃあ、アレルギー物質を抜いて給食にチャレンジしよう!

っとなり、担任の先生や給食の職員さんたち協力のもと始めてみました。

最初は何もなく、添加物にも反応ないね!ってなって一安心!

しかし…

ある日事件は起こりました。

私の机の上に何気なく置かれていたピーナッツバターを誤って食べてしまいました。

生まれた頃からアレルギーで、当時小学4年生だった私は全てを母に管理して貰っていたので、

これがバターだという事もアレルギー物質だという事も分かりませんでした。。。

 

 

食べてすぐに症状が出る訳ではなく、普通に給食の時間が終わりました。

でもその後、掃除の時間、

すごく気持ち悪い・・・唇腫れてきた・・・これはやばい・・・

となり、保健室へ。

そしてこの辺りからほとんど記憶がありません。

 

どれだけ時間が経ったか分かりませんが母親が駆けつけた頃には

私の身体全身が腫れており顔面は原型をとどめていなかったそうです。

アナフィラキシーショックです。

身体が熱くずっと気持ち悪かった事は覚えています。

 

セレスタミンというアレルギーに効く薬を常に持っていたのでそれを時間をあけ

2錠飲んだ後、家に帰る事ができるくらいには回復していました。

18時くらいだったので反応後6時間くらいですかね。

今思えば何故救急車呼ばなかったんだろう??って感じですが。

 

こんな感じでアナフィラキシーショックで死にかけました。

この時セレスタミンを持ってなかったらこのまま

呼吸器も腫れ息が出来なくなり死んでしまっていても不思議ではありません。

 

この事件から『自分の身は自分で守らないとダメなんだ…。』と痛感しました。

先生も人間ですし、その他大勢の生徒の面倒も見なければなりません。

間違えてピーナッツバターを私の机に置いてしまっても仕方がない事かもしれません。

 

つまり、私が気をつけていれば防げていたということ。。

いつ何があるかわからないので薬を持ち歩くのは

忘れちゃいけませんね。

 

アレルギー人生の中で1番大きい出来事です。

私は自分のアレルギーについて勉強し、何が食べられて、何が食べられないのか把握するようになりました。

それからはアレルギー物質を避け続ける生活。

知らず知らずの内にアレルギー以外の様々なリスクから逃げるようになって行ったようにも思います。

 

あの日が来るまでは…(ドラマ風)

 

このアレルギーストーリーには続きがあるんですが

大学生の頃のバイト先で旦那と出会う編でまた書きますね!

 

 

 

いきなりシリアスな記事になっちゃいましたw

すみませんw

明日は「中学時代と高校時代は陸上に注いだ」について書きます!

本当に誰得なんだ・・・:D

 

おまけ☆

今日は、華金という事で会社の人たちとごはんへ行きました\(^o^)/

関西に住んでいるのでもんじゃ作るところを始めて見たんですが

全部混ぜてぐちゃぐちゃばーーーん!ってしたらいいのかと思ってたけど

違った・・・!

 

まず、具だけを鉄板に並べて土手を作る

真ん中に穴が開いているのでそこに汁をドーーン!

じゅうじゅう・・・・

よし!ここや!!!!て時に全部ぐちゃあ〜〜

見た目あれですけどめっちゃ美味しい・・・

 

家でも鉄板さえあればできるのでやってみてください∠(`・ω・´)